ヒョウタンと編集は不可分な関係です。
「人類の原器」と称されるヒョウタンですが、いいかえれば「編集の原器」です。

ヒョウタンは人類最古の栽培植物のひとつです。
アフリカ原産とされ、それから世界へ広まったと考えられています。

日本にやってきたのは縄文時代の早期。
一万年もの間、人のくらしに寄り添い、T.P.Oに応じて加工されてきた植物なのです。

進化生物学研究所所長・湯浅浩史先生の著書『ヒョウタン文化誌』(岩波新書)
によりますと、その用途は240にも及ぶというから驚きます。
(前人未到の分野を調べ上げた湯浅先生の功績こそ大きいのですが)

容器、食器、茶道具、喫煙具、石灰入れ、装身品、生活雑器、農具、漁具、
狩猟用具、武具、医療具、薬、仮面、祭器、神器、呪具などの儀式用具、
シンボル、楽器、虫かご、遊具、装飾品、観賞栽培、食料…など。
ヒョウタンを神の化身としたものまであります。
最近ではスピーカーや照明器具などもありますね。

動詞でみると、入れる、漉す、鳴らす、こする、響かせる、保管する、捉える、
祈る、呪う、愛でる、食べる、照らす、すくう、たたく、吹く、弾く、沸かす、
のせる、かぶる、飾る、葬る、贈る…など、どうにでもして〜!状態。

ここには衣食住から冠婚葬祭まで、産業から宗教まで、
文化、民族、時代、それぞれの生活習慣に応じた活躍の場が含まれています。
(いかに人類に寄り添ってきたのか。関心のある方は、
世界各国に足を運び調査研究されている湯浅先生の本著をおすすめします)

いつでも変化自在できるようにスタンバイしている、
うずうず、うずうず、している動的な植物なのです。

この変化自在なヒョウタンこそ、人間がもともと持っている編集力、
イメージする力を格段に引きあげたといえるのではないか!
と思えてならないのです。

ヒョウタン文化誌
(昨夏刊行された湯浅浩史先生の著書)


想像してみてください。

1万年前、人はヒョウタンがぶら下がっているのを見て、
もしくは、たまたま乾燥したヒョウタンを割ってみて、
加工することを思い立ったのかもしれません。
こうしたらどうか、ああしたらどうかと想像してトライし、
創意工夫したのではないか。

実を収穫して、水につけて腐らせ、乾燥させるので、
いわば「死骸」をフル活用していることになりますが…。
(井上ひさしさんの「ひょっこりひょうたん島」は死後の世界を描いている、
というエピソードにもつながるかな)


いまは、地域を活性化させるために、
町あげてヒョウタンを育てるところもあるようですね。
私が知る限りでは、京都市東山区の東山瓢箪プロジェクトがそうです。

育てるプロセスを共有するなんて、ステキな取り組みだと思います。
ヒョウタンは人と町をつなぐツールにもなっている。大活躍やん!
いつか訪ねてみたいです。


ヒョウタンは人の手によって様々な変容をとげる。
どんな形でもそれぞれに魅力があり、使い方がある。
加えて、その佇まいのなんと剽軽(ひょうきん)なことか。
ここに、私は無性に魅かれます。

わが屋号「瓢箪座」というネーミングも、
こうした編集力に着目し、シンボルに掲げている次第です。